無駄に前向きな話には反吐が出る 現実的な案を出せ
と思う様になってきた。
当たり前の事をドヤ顔で喋らんでええねんアホ臭い。
ずっと読み物してた。
読んでてイライラしたけど、当たり前の事書いてるんよね。
この中の過剰同調性に自分は充当すると思う。
http://susumu-akashi.com/2015/04/dissociative-disorder/
これまであまりにも面倒な事が多すぎたので、
面倒ごとが起こるとどうでもよくなるんよね。
もう今更グチャグチャ言われたくないし、どっか行けよって言うね。
どうせつまんないんだから。これ以上何もしないし出来ないしする気も無いし。
仕事に関して言えば、日々トラブルは勿論つきもの。
まぁそこでビビっててもしょうが無い。
引き継ぎ君とかはここでまず負けるんだな。
分からんでは無いがどうにかするしか無いので凹むだけ無駄。
絶望は愚か者の結論。
ちょっと考えたら、どうとでもなるもんなんだよな。
仕事なんか。所詮そんなもんだ。
どうせどっかの誰かの仕事で誰かの代わりでしか無いんだから。
お昼寝したからかなんかぼーっとしてる。
けどまぁ仕事なんかどうとでもなるよな。
どうにかするんだし。
それを、人格面に持ってこられたら良かったんだけどね。
もうこの一番で既に無理。
自分で人生の舵を取るなんて。出来るかよっていう。
1.責任をもって自分で選択し、決定する
一つ目は、責任をもって決定することにより、人生の舵を取ることです。
冒頭で引用したように、「統御感」の強い人は、治療法を自分で選びます。
これは、専門家の助言を受け入れない浅はかな患者になるという意味ではありません。むしろ、専門家以上に、自分自身の病気について徹底的に調査し、分析します。
自分が置かれた状況をよく理解し、その上で自分に合った治療法を選ぶわけです。このような考え方は、セカンド・オピニオンやインフォームド・コンセントとして、
新しい時代の医療に必須のものとされています。
ただ一人の医師の意見に盲目的に従うのではなく、
多くの医療の中から、自分に最適なものを選ぶのです。「統御感」の強い人は、自分の人生に責任を持っていて、
決して人任せにはしません。
自分の決定の結果、良い結果になるとしても、
悪い結果になるとしても、その責任をきっちり取ることをわきまえています。
最後の文節読んでると腹立って来る。
ほんま怒りが込み上げてくる。むっかむかくる。
自由にやりたい事出来る奴みんな死んだらええのにと思うわ。
「統御感」を強めて試練を乗り越える
ここまで考えたことをまとめてみましょう。
「無力感」―苦しい状況に屈する人の特徴
■過剰に「受け身」で自分から行動しない
■主張に乏しく、他の人の顔色を見て意見を変える
■自分は助手席にいるので、何をやっても無駄だと感じる
■がっかりし、気落ちし、あきらめている「統御感」―苦しい状況を乗り越える人の特徴
■どんな状況でも「自分にできることがある」と考えて行動に移す
■「コップに水が半分もある」と考えるのではなく「蛇口はどこですか?」と尋ねる
■人生のハンドルを握り、責任をもって自分で選び、自分で決定する
■確固たる信念に基づく希望を持っているどちらの人になるかは自分次第です。
今、辛く苦しい状況のただ中にいる人たちにとっては、
行動を起こしたり、自分で決定したり、というのはなかなか難しく思えることでしょう。「無力感」を抱いていた人が、突然、「統御感」のある人に
変われるわけではありません。突然変化しようとすると、かえって問題を招くかもしれません。
たとえば、これまで「受け身」だった人が、突然あわてていろいろな決定を
下すようになると、取り返しのつかない愚かな決定をしてしまうかもしれません。「統御感」を強めて、どんな状況でも自分の人生をコントロールすることは、
一朝一夕で身につくものではなく、日々の習慣に積み重ねです。
あくまで、徐々に自分の態度を変えていくことが大切です。もし自分が、「無力感」という駅へと走り続ける特急列車に乗っていることが
わかったなら、すぐ次の駅で降りて、反対側へ向かう列車に乗り換えることが
できます。乗り換えても、すぐ「統御感」という駅には着きません。
しかし方向性は変わります。今回引用した四冊の本などを参考にしつつ、少しずつ自分の見方、考え方、
価値観などを調整するなら、やがて、苦境のもとでも
自分をコントロールできる「統御感」が強まるのではないでしょうか。
確実に前者なワケだけど、ほんとイライラする。
こんな日々はもう要らないワケだから。
淡々と書いてるけど本当にイライラしてる。
一人で暮らすと、それも変わってくるのだろうかね。
早く晩飯を食わない生活に突入したい。
まぁこれも自分の根幹になってしまっている訳で。
殆ど自分では何とも出来ない発症条件となっている。
愛着スタイル診断結果gedokunosusume.wordpress.com
この診断で、自分の愛着スタイルが分かる。
俺は恐れ回避型。プリウス並みのハイブリッド。
回避型と不安型は概ねして惹かれ合う。
世間で別離や離婚が多いのはこのせいじゃないかと俺は思う。
(いつも通り根拠無し)
■自分の価値を、できたこと、達成したことの量などでしか測れない
■「ほどほど」ができず、いつも100%全力を尽くしている
■体が悲鳴を上げているとわかっていても、頑張り続けないといけないと感じる
■全力を尽くしていないと、怠けているような気がして自分を責めてしまう
■休むことや遊ぶことに罪悪感を感じる
■自分では嫌だと思うことでも、周りの人や親の期待に応えないといけないと感じる
怖いなあ、これ。今自分に実際起こってる事なんだろうけどさ。
サボり倒してるんだけどねえ。いやちゃんとやってるけど。
どないやねん。
遊ぶ事や楽しむ事が、もう殆ど出来ないよね。
どうしてなんだろう。良く分からん。
■失敗しても大丈夫だよ
■苦しくなったら休んでもいいんだよ
■疲れたらゆっくり休んで、また元気が出てきたら頑張ったらいいよ
■たとえ何があっても、あなたはわたしたちにとって大切な子どもだよ
■わたしたちは絶対あなたを見捨てない。だから安心して行っておいで
何これ?って感じだよな。
恋愛だったらもっと厳しい。失敗したらすぐ裏切られる。
いつも明るく楽しく品行方正にしてないと裏切られる。
何をどうやっても見捨てられる。
もうええわ。
EMDRという単語がどっかのリンク先に出てくる。
左右に眼球運動をしながらトラウマ回想をするとあらふしぎ!
ってマジかよ?な、眉唾ちゃうんかみたいなのがある。
これを京都で安価で受けられそうな所が見付かったので、
少し掛かってみようかなと思う。
しかしカウンセリングは殆ど意味が無い様な気がしてしまう。
費用対効果が薄すぎる気もする。
過去に買った本も読めなかったので読んでみよう。
ただ根治にばかり目を向けるとどうしようも無くなるのだが。
それはつまり、「完璧になってから何かを始めよう」だからな。
その前に死んでしまうわ。死んでもええんやけどもう別にさ。
健全なままクリエイティブになるなんてのは絵に描いた餅だよ。
望みすぎ。つまらない物にしかなり得ない。断言出来る。
僕の場合は、批判ですこぶる傷付くし、
褒めて貰っても何のうれしさも感慨も湧かない。
どうでも良い事だから。
これではきっと、世に出すのも憚られるとは思う。
客観的に見るとね。よりそう思うね。
狭い範囲でしかやってなかったのに、
ズタズタにされた記憶しか無いから、
ライブどころかバンドも組めないし、録音も出来ない。
家で楽器を持つ事すら厳しい時もある。
やりゃできるなんて若い時は誰でも思うもんだろう。
やって出来なかった後、生来のメンタリティから
もうリカバー出来ないって事が分かったしそうなったんだな。
現に今生きる力も何も湧いてこない。
休みが終わればそれなりに仕事をして週末と終末を待つだけだ。
生まれてこなければ良かったな。
これも読もうとしてるんだけどなかなか読めない‥。
もう完全に自分を自分で排除しに掛かってる感じがある。
可能性に溢れる書き出しで既にもうイライラする。
何の為にここに居るんだろうな。