ゆっくりいこう

悪意はありません。気分を害されたら済みません。自分の為だけに書いています。主に愛着障害(恐れ-回避型)やアダルトチルドレンからの回復を目指して、日々思う事を書いています。

  • 最近はmixiにばかり書いているのだが、意味なく久し振りにコチラに書いてみよう。アッチは知人が増えてしまって自由に書けない。紙にでも書けばいいんだけど。
  • 一つの思い出と縁が消えた日。色々物思う。好きだったあの場所には、もう行く事もないのだろう。貴重な時間を過ごした。もう一年前。
  • 終わりは始まり。
  • ぼちぼちと動き始めている。つか動かされているだけか。少しずつ慣れ始め、名前も覚えて貰い、声も掛けてくれたり。誰にでも出来る仕事だけどヘボじゃ出来ない仕事。認められ始め掛けている、と超控えめなポジティブイメージをを持とう。それがきっと大事。前職では得られなかった気持ち。アリコの保険じゃないけど、ここからだ。
  • 半年前から彼女が出来、仲良くしている。縁が切れた日に物思うのは、騙していないか、自分を偽っていないか、という懸念。切れた縁と彼女では、全く別の一個人。それをひとくくりにするのは過ちだと分かっているけど、自己を受け容れてくれる人と、断絶する人との狭間で物思う。自分はこれで良いのか、どうか。まぁでも、終わりは始まりだから。
  • 今年は年始から京都では不二家が消え、阪急が無くなり、その間の早朝に居合抜きやってるおっちゃんの床屋が潰れ、バンドでよくお世話になった寺町の嵯峨野ってタバコの煙が蔓延する喫茶店が潰れ、俺の知ってる京都が相当に変容し、カタチを変えつつあった年始だった。そして原発人災が起こり、一時は鹿児島まで避難するかという話になり、家族会議を行い、積年のわだかまりをぶつけ合った。遠く離れた原発は、我が家の見えない建家も吹き飛ばした。それがいいとはとても言えないし、言わない。アレは人災で引き起こした張本人は惨殺されるが良い。だがしかし、遠く離れた京都でも、そんな事が起こったんだ、全国的に、意識の高い家庭ではその様な話が、あったのかも知れない。憎むだけだった実家、居心地の悪いだけの実家、脚を鎖で繋がれた鳥が飼われている鳥籠をイメージしていた実家ではもう無い。この家に生まれた事をツイてたなぁと思う様になったし、それによって生じる弊害も、またそれならそれでいいや、と思える様になった。相当な心境の変化があったわけだ。
  • そして復興名目で原発の灰をかぶったものをひたすら摂取する智識のない日本人に驚く。無知程恐ろしいものは無いと実感した。分かってて摂取しているならともかく、「情報を知らされていない上で知ろうともしないし知っていない」状況でそれはさすがに無茶だと思う次第。個人の自由の範囲を超えている。俺は悪いがついて行けないし、ついて行かない。西日本のものを食べる。産地偽装されていても、全部じゃないだろうし、結果として送料は低く抑えられると踏んでいる。というかそれしかないし、ならばそうするのみ。
  • 近畿ももんじゅがいつ爆死するか分からんクリティカルな状況の中、ウチらは楽しみつつ、日々を噛み締めて生きないといけないと思った。後生にこの国を伝えられる様に、個人で出来る範囲で何かしよう。
  • 鹿児島に行く、と彼女に言った時はそれはもう大変だった。こんな自分を想ってくれ、こんな自分に縋ってくれているんだな、と俺でも分かったし、それが嬉しかった。こんな自分で良いのかなと思ったが、それで良いと思ってくれている内は良いのだろう。それは義務でも重圧でもない。気兼ねなく、何でも話せる仲だ。同じ様な境遇で生きてきて、同じ様な音楽を、同じ様な聞き方をする。同じ様でいて違う性格が、うまく噛み合う。とにかくまぁ、うまく行っているんだ。
  • しかしこう、その人すらも居なくなったらどうするか。まぁどうにかするしかないんだけど、もう無いな。恋愛に対するハードルがドンドン上がり続けてきているし、もう彼女以上の人も居ないと思っているし、離れる事は想像も付かない、が、こないだチトそんな話になって、しっかり終わった後の話を考えてみた。正直想像に難い。全然想像出来ないが、またそんな事になると、今度こそもうきっと立ち直れないんじゃないかと思う。彼女が私と接する事で、自分に自信を持ってさえくれれば、後はどうなっても、どこへ去ってくれても良いと思っていたけど、ちょっと無理になってきている。
  • 切れた縁とはかなり違う。あちらは何も触れ合えなかった気もするし、影響し合えなかったな。二人が異質過ぎたのかも知れない。異質過ぎたのならば気に病む事もないのかも知れないが、自分そのものを完全に否定された事はやはり心のどこかでは踏まえておかないといけないだろう。ただ何がどうであれ、「時間は回る」。
  • この切れた縁で、このブログを始めた当初から付き合いのあった人とは全て交流が無くなった。人生は関数みたいなもので、ある一定期間だけ出会い、触れ合うものなのかなと思う様になった。縁が切れた後は、もう交わる事もない。後からまたひょっこり、生きてくる場合もあるかも知れない。何にせよ百人友達を作って豊富な人脈を持ち、交流に長けた人間になるのはどうやら無理みたいだ。ただそれがいいか悪いかはどうでも良い。数少ない友人や理解者が居る事に感謝しよう。自分は間違っているかも知れないが、間違っていないかも知れない。人間そんなもんだ。神にも仏にもなれはせん。他者にその判断を委ねる事はもう辞めよう。その理論で行くと、友達の多い奴こそが正しいやんか。数の理論は空虚だ。後悔しない生き方を選ぼう。どちらにせよもう余り時間がない。自分が自分として生きられる時間がもうあまりない。よくて30年位しかない。お金を多く得る生き方を模索検討したが、あんまり興味がないんだよな。大切な事は分かっていたんだ、自分が楽しく生きる事。行きつけのラーメン屋さん鶴はしのマスターも楽しく生きれれば良いじゃない?といつも言っていたし。ようやくその意味が、分かり始めている所。
  • まぁこういう家庭が築ければ、人生大勝利なんじゃないかと思ってる段階で俺の人生観は一般と遠く掛け離れているがそれはまぁどうでもいい。