ゆっくりいこう

悪意はありません。気分を害されたら済みません。自分の為だけに書いています。主に愛着障害(恐れ-回避型)やアダルトチルドレンからの回復を目指して、日々思う事を書いています。

  • デスクトップの電源がトんでから掃除をし、こんなにホコリってたまるもんなんだなとイヤな感服をし、PC買う時にはほぼ彼の言う通りにパーツを買い揃える事になる友人には「さっさと全部換えろ」と言われるほどのオンボロを大事に大事に電源を交換したりコンデンサを半田付けでやり換えたりしながら使ってきた。物持ちは良い方だと思ってるけど、友人曰く「もちすぎ」だそうで。
  • けどまぁ、物持ちが悪い人は確実にいる。どーしてそーなんの?と聞きたくなるほどになんでもすぐ壊す。派遣で行ってた会社にもそういうオッサンがいて、備品を壊しまくって困ったし、ウチの父親もそういう類なので辟易する。何か触らせると高確率で「壊す」ので、どーやったらそーなるのか不思議でしょうがないのだが怒りが先行するので聞けずじまい。
  • 彼は保険も年金も無い暮らしをしてきたので未だに僕アルバイトォォォ状態の彼ですが、バイトすらない日はほぼ家で寝ている。夕食後の皿洗いとかどうでも良い事を勝手にやって何かを成し遂げた気になっている。金入ってきてないやん。父方の祖父の後妻の戸籍上は祖母の人とは血縁関係にないはずなのだが、自己中で人の話を聞かずにズケズケと他人のプライバシーを踏みにじってくる所はそっくりである。俺はもうこういう人種にはウンザリしきっていて、もう怒りを超え、哀れを超え、無感情を超え、有ではなく無がそこにあるだけ、即ち、無、で有るというのに、当のご本人様達は気付くべくも無く、何を思ったか、気を遣っているつもりなのか、積極的にアプローチをなさる体たらく。いらん。俺は人間が元々嫌いである。アホはもっと嫌い。出来ればお近づきになりたくないし、付近の空気を吸う事すら負けだと思っている。大体親戚同士で集った際には誰か一人位カスが居るモノだが、その身内である事を考えるとなにやらとてつもなく不幸な気がしてくる。まぁでも、今後僕が彼の老後の世話を見る事もないだろうし(因果応報)、俺に何か、良きにつけ悪きに付け起こったり、行事毎があったとしても、彼には同席して欲しくないし、祝って欲しくもない。好きだったオバハンの葬式に行った際に「酒はもう無いのか」と喚き散らしになった我が家の恥さらし君である。社会的には死んでいい人だけれども(寧ろ死ぬべき)、悪党でもないのでまぁ別にというか。もう還暦を迎え弱ってしまったので元から無い威圧感も迫力も更にしぼみ、僕は確実にワンパンチで彼を沈める自信はあるけれども、まぁそんな事もしない。なぜならそこには無しかないからだ。意識した事がもう負け。誰も得をしないチキンレース
  • ふと気付いたら今日もう欧州CLの決勝ラウンドだわ。やっべー、寝ないで起きてなきゃ。ミランとユナイテッドだったっけか。てきとー。ここからが、本当の地獄だ‥。
  • サッカーにおいて、欧州や世界で血と骨と肉をすり潰し、脳に汗をかき思案に思案を重ね、命がけで生み出される戦術を、上辺だけ真似て身につけるなんて出来るわけはないわな。前日本代表監督のオッカーダ・マッサーシは色々上辺だけ流行の戦術を真似てゼロトップごっこ(笑)とかやってたけど、無理ですわ。選手の特性とか何も見てないんだもん。少なくともスパレッティは異様なキープ力を誇るトッティが居たからこそゼロトップを実施したんだろうし。素人の俺でも分かる。型にはめるんじゃない、そこにいる選手達が、自ずと形を創っていくわけだ。そうした固有の形、唯一無二の武器を持った者同士が、どちらが強いかひたすら確かめ合う、潰し合う‥。ワクワクするよな。俺は少なくともそう思う。敬意を持って、そして死ぬほど試合に没頭。楽しめ。代表のはサッカーですらない。あのヘボでサッカー好きでもなかった人が「嫌い」に転じてしまう事があったならば、それはとても悲しい事だな。サッカーほど完成されたスポーツはないと思う。バスケやバレーの様に統計学的な所もないし、まぐれの得点もあれば、自殺点もある。組織で打開出来ない時には圧倒的な能力を持った個人が120%の力で奮闘するしかない。下馬評が覆る事も多々ある。全く、試合が起こるまで何が起こるか、誰にも想像が付かないんだ。素晴らしいと思わないか?予想が不可能だなんてな。怪しいジャッジはたまにはあるけども(賭博もあるんだろうけどファンとしてそれは余り信じたくないし知りたくもない。「闇から闇へ」、で良いと思う)、サッカーは総じて素晴らしいモノですわ。